2000年当時、インド内の移動は、列車とバスが主流でした。列車を利用する際に活躍したのが、「Trains at a Glance」という時刻表です。インド主要駅のキヨスクなどで購入することができました。インドの南端に近い、ティルヴァナンタプラムから東端に近いコルカタまでの列車もこの時刻表で調べて、駅の窓口で切符を購入しました。さすがに50時間の長旅だったので、2人個室を予約したのですが、エアコンなし、扉の鍵なし。さて、どのような旅だったのでしょうか。
~2000年3月30日(火)の日記 インド滞在40日目~
約50時間という列車の旅が始まった。列車内で2泊することになるのだ。距離でいうと約3,000kmであり、日本列島を完全に縦断してしまう距離だ。列車は嫌いではないが、好きな時に煙草を買いに行けない不便さがある。
50時間といえば、時給800円とすると、40,000円稼げる時間を退屈と戦いながら過ごすわけだ。しかもこの列車に1,800ルピー(約4,500円)を払って。そんなのも悪くないが、あまり健康には良くない。特に腰に悪い。早く ティルヴァナンタプラムからコルカタ の間に新幹線をつくるべきだ。いや、リニアモーターカーの方が良い。0の概念を発見したインド人の頭ならできないことはないだろう。でもボッタくるのはやめてほしい。
この列車は、とてつもなく長い。25-30両はあるのではないか。カーブを走っている時に後方が視野に入ってくるが、延々と列車が続き、途切れることがない。日本のJRでも15両ぐらいがいいところなので、その長さには圧倒される。
時々、駅でもないところで列車が停車する。よく見ると前方に10-15mくらいの物見台があり、そこに上がった人が赤い旗を上げているのだ。おそらく信号機の役割を人がしているのだろう。大変な仕事だが、たまにボーッとして見落としたりしないのかどうか、そこが心配である。
ある駅に到着した。兄貴も僕も手持ちの煙草を切らしてしまったので、駅のホームにいたチャイ屋に煙草を買ってきてもらうようお願いした。背が高く細身で目がギラっとしたそのチャイ屋は、「任せてくれ」と言わんばかりだった。そこで煙草代の半額を手渡し、帰ってきたら半額を渡すと伝えた。彼は、分かったといい立ち去った。そして....彼は戻らずに列車は出発したのだった。。あいつ...
それにしても、USドルは強い。100ドルと10,000円では、約400ルピーの差がでるのだ。アメリカ人はもう働く必要がないのではないか。リンカーンの顔を印刷した紙を刷る会社だけで十分だ。円頑張れ!
腹が減ったので、列車内の売り子から弁当を買って食べた。カレーにライス、インド風漬物といった定食風のラインナップである。2人で黙々と食べ、食べ柄を捨てようと思い、車掌にゴミ箱はどこにあるか?と聞いてみた。すると車掌は僕が持っていた弁当のカラ箱を取り上げ、窓から外に投げ捨てたのである。そして笑顔で「ゴミ箱はここだ」と言った。。
列車のドアは走っている時も開いている。というか、ドアがないというのが正確な表現なのかもしれない。そこに足を投げ出して座ってみた。インドの赤褐色の大地とサバンナのような緑のコントラスト、そして決して裕福とは言えない粗末な小屋ではあるが、そこで火を起こし、食事をしている家族たち。
延々と続くここでの時間を、日本にはない車窓を眺めることに費やすのであった。
運動不足のせいか、腹が痛くなってきたので寝る。おやすみなさい。。
つづく
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